── ジェラルド・ジェンタが壊した「高級時計の常識」
はじめに

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「ラグスポ(ラグジュアリースポーツウォッチ)」という言葉は、
いまや時計の世界で当たり前のように使われています。
しかし、このジャンルが
なぜ生まれ、なぜ半世紀を経ても色褪せないのかを、
体系的に語られることはあまり多くありません。
本記事では、
ラグスポ誕生の背景と、
その中心にいたジェラルド・ジェンタという人物から、
この時計ジャンルの「思想の起点」を掘り下げます。
ラグスポとは?ラグジュアリースポーツウォッチの本質
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ラグスポとは、単なる
「高級時計 × スポーツウォッチ」という
デザインジャンルではありません。
それは、高級時計が
日常使用を前提に設計されるようになった
価値観の転換を意味します。
従来の高級時計は、
フォーマルな場で、慎重に扱われる存在でした。
ラグスポはその前提を覆し、
- 防水性
- 耐久性
- 装着感
を備えたまま、
高級であることをやめなかった時計です。
1970年代、時計産業は「存在」を問われていた
1970年代初頭、
スイス時計産業は未曾有の危機に直面します。
日本発のクォーツ時計が、
精度・安定性・価格のすべてで
機械式時計を凌駕し始めたからです。
このとき突きつけられた問いは、
極めて根源的なものでした。
「機械式時計は、もはや必要なのか?」
精度では勝てない。
合理性でも勝てない。
この状況でスイスの高級時計ブランドが選んだ道は、
時計を「機械」から
文化や価値の象徴へ引き上げることでした。
ジェラルド・ジェンタという人物
1971年、バーゼルフェア前夜。
オーデマ ピゲから、
ジェラルド・ジェンタに一本の電話が入ります。
「明日の朝までに、新しい時計を描いてほしい」
この無茶な依頼に応え、
ジェンタは一晩で
ロイヤル オークの原案を描き上げたと語っています。
しかしそれは偶然ではありません。
長年の観察と問題意識が、
一気に形になった瞬間でした。
潜水士のヘルメットから生まれたロイヤル オーク

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ロイヤル オークの八角形ベゼルは、
潜水士用ヘルメットのボルトから
着想を得たと言われています。
過酷な環境で命を守るための
機能美そのものを、
あえて高級時計に持ち込む。
ジェンタは
「スポーツ時計を作ろう」としたのではなく、
機能美をそのままラグジュアリーに持ち込んだのです。
ステンレスで高級時計?価値観の転倒
当時の時計業界では、
- ステンレス=実用品
- 金無垢=高級
という価値観が絶対でした。
ロイヤル オークは、
ステンレス製でありながら、
金時計を上回る価格を提示します。
これは挑発ではなく、
価値基準そのものの転倒でした。
ジェンタが壊したのは「デザイン」ではない
ジェンタが壊したのは、
デザインの様式ではありません。
- 素材の価値序列
- フォーマル=高級という固定観念
- 時計は「守るもの」という発想
つまり、
高級時計を支えていた価値観そのものです。
ラグスポは「使われること」を前提に生まれた
ラグスポは、
- 傷がつく
- 摩耗する
- 修理される
ことを前提に設計されています。
それは、
使われ続けることで完成する高級時計
という、当時としては異例の思想でした。
モデル紹介|オーデマ ピゲ ロイヤル オーク Ref.5402(1972年)

※画像はイメージです ※画像出典:adobe
ラグスポという思想を語るなら、
避けて通れない一本があります。
それが、
1972年に誕生した
ロイヤル オーク Ref.5402です。
この時計は、
ラグスポの「原型」ではありません。
ラグスポという思想そのものです。
なぜ今もラグスポは支持され続けるのか
ラグスポが今も支持される理由は、
デザインの流行ではありません。
- スーツとカジュアルの境界が曖昧になった
- 時計を1本で使う生活様式が一般化した
現代の生活そのものが、
ラグスポを必要としているのです。
まとめ|ラグスポは時計が生き残るための思想だった
ラグスポとは、
流行でも偶然でもありません。
それは、
時計が生き残るために生まれた思想でした。
参考文献
・『A Man & His Watch』Matt Hranek
・『Royal Oak: From Iconoclast to Icon』Michael Friedman
・『Gérald Genta: A Genius of Time』Marie-Laure Cérède
・オーデマ・ピゲ公式サイト
第2回予告
ジェンタの思想は、どう“世界で育った”のか
― スイスと日本、それぞれのラグスポの発展 ―
ロイヤル オークによって提示された
「ラグスポ」という思想。
それは、
ジェラルド・ジェンタ一人の発明で終わったわけではありません。
スイスの名門ブランドは、
この思想を自らの哲学で“翻訳”し、
日本のメーカーは、
まったく異なる立場から別の答えを導き出しました。
なぜ、
同じラグスポでありながら、
これほど違う表情を持つ時計が生まれたのか。
第2回では、
- スイスブランドがラグスポをどう受け取り、どう育てたのか
- 日本メーカーがラグスポとどのように向き合ってきたのか
- そして「形は似ているが思想は違う」時計の違いとは何か
を軸に、
ラグスポが“文化”として成熟していく過程を掘り下げます。
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